2006年09月03日

様々なスポーツ

32abd5f0.jpgこれまで多くの人達にとってスポーツといえば学校体育という認識が一般的であったが、現在では学校を卒業した人達にもスポーツを楽しむ人が増えてきており、また、男性のものといった感の強かったスポーツ(活動)に多くの女性が参加するようになってきたといわれる。

さらには、これまでスポーツとは無縁であるという認識が強かった高齢者の方々もスポーツを楽しむようになってきた。

このようなスポーツ現象は、「生活スポーツ」等と呼ばれているが、その一方で、オリンピックに代表される国際的な競技会や日本国内における競技会などで、勝利や記録達成を目指して専門的なトレーニングに励むアスリートも多数存在し、このようなスポーツ(現象)は、「競技スポーツ」等と呼ばれている。こうした「生活スポーツ」や「競技スポーツ」には必ずといってよい程、その背景にそのスポーツを行なう理由が必ず存在する。

つまり「〜のためにスポーツを行なう」という訳である。

「健康のために」「勝利のために」「お金を得るために」等、スポーツを行なう背景には、それぞれの理由があるといっても過言ではない。

私たちは何か物事を行なう際に、つい、その理由や理屈を考えてしまいがちな傾向があり、スポーツもその理由やメリットなどがないと受け入れられない雰囲気があるといっても過言ではない。

しかしながら・・・

スポーツを行なう上で、その理由やメリットを追求することは重要なことであるが、スポーツの語源はディスポート(disport)、すなわち「遊び」や「楽しみ」であるといわれているように、スポーツとは本来、そこに何らかの理由や理屈が必要なものではなく外部から与えられたり、強制されたりするものではないのである。

いい換えれば、スポーツとは、私たちが生きていく上で必要不可欠な営みである、「食事」や「睡眠」などと同様に、豊かで楽しい人生を送るための営みであり、生活の一部だといえる訳だ。

従ってスポーツを行なう上で特に「〜のために」という理由は必要ないということになる。

そして、そのような観点で考えればスポーツとはアスリートやごく限られた立場にある人達だけのものではなく、また、自らが身体を動かし楽しむことばかりがスポーツではないと考えることも出来る。

例えば、「競技スポーツ」の中には、プロスポーツにみられるようにテレビを中心としたメディアなどで連日報道がなされているもの、また実際の競技会や試合を観戦できるようになっているものが多数あるが、これらは多くの人達にとって「見るスポーツ」ということになり、一つのスポーツ(現象)として捉えることが出来る訳だ。

さらに最近では、スポーツ用品(シューズ・ウエアなど)が単なるスポーツの道具(用具)としてではなく日常生活により密着した存在になりつつあるが、このような現象もスポーツ(現象)の一角をなしているといって過言ではない。

従って、我々スポーツ指導者は、スポーツを手段化することなく豊かで楽しい人生を送るために必要な生活の一部(生活習慣)として捉え、多くの人々にそれを伝えていくことも必要になるといえよう。
posted by NOGU at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | コーチング情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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